楽しかった旅行も実質最終日となった。
昨日は一日、ブダペスト視察を行う。
到着した日にホテル近くのATMでフォリントを引き出そうとするが、カードが使えないというメッセージ。
昨日は違うATMでやってみたら、無事20,000フォリント(1万円くらい?)引き出すことが出来た。
ホテルの立地は最高で、鉄道、メトロ、トラム、バスの全てが集まっている。
まずは地下鉄M2の駅へ入り、1日パスを購入した。
これで市内交通の全てが乗り放題となる。
ブダペストの街のつくりは概ねプラハと同じで、それを質素に、殺伐とした感じだ。
プラハよりも共産圏の名残が色濃く残っている。
妻曰くモスクワみたいとのこと。
ブダペストのメトロはM1からM3の3本だ。
入り口で係員が検札していて、妙に厳しい。
こんなに厳しい国はヨーロッパでは始めてだ。
だったら、改札造ればよいのに。
ホームに乗り込んできた電車は粗末な旧ソビエト製。
M2で一気にドナウ川を渡り、王宮へ。
モスクワ広場で降りて、坂を登る。(帰りにバスがあることを知り、ショック)
王宮はまさにハプスブルグ家の栄華が偲ばれる。今まで見てきた街並みだ。
漁夫の砦からはブダペスト市街が一望できた。
有名なくさり橋はどーってことない橋だ。
国立美術館脇からケーブルカーでくさり橋に降りる予定だったが、何が行われるのか、凄い警備で警察に通してもらえなかった。
仕方が無いのでバスでまたモスクワ広場に戻り、一つ前のバーチャニー広場までメトロで移動。
ドナウ川西岸をトラム19号線でくさり橋に行こうとするが、トラムの線路が見当たらない。
どうしたことかと思っていたら、工事現場にレールらしきものがあるではないか。
トラムは現在工事中らしい。結局、1キロほど歩いてくさり橋へ到着する。
くさり橋を渡り、市街地に入るが、プラハほどまとまっていないので、一箇所で見るということが出来ない。
橋を渡り、トラムで国会議事堂と郵便貯金館を見て、メトロで市庁舎へ戻る。
遅い昼食は中央市場でご当地名物をパクついた。
建物は修復中で足場がかかり、シートがしてあるやら、トラムはいたるところで工事中で使えないやらで疲れた。
街のいたるところで自由広場だのと共産時代のモニュメントがある。
中世から共産圏になる前までと現代の建物はすばらしいが、共産圏時代が頂けない。
潰れたような店も多く、どうも街全体が暗い感じがした。
正直、あんまり印象が良くなかった。
一旦、ホテルに戻り、軽装にしてから、再び街に出た。
温泉に行くのだ。
ブダペストは首都であり温泉地でもあるめずらしい街だ。
私たちは市民公園にあるセーチェニ温泉に向かった。
M2のソビエト製電車でデェアーク広場でM1に乗り換えた。
どうやらM2とか1とはは出来上がった順番らしい。現在M4を工事中である。
M2,3はソビエト製だが、M1に乗ったらかわいい綺麗な電車で駅からして明らかに雰囲気が変わる。
きっと共産圏になる前の地下鉄なのだろう。
終点から2番目の駅がセーチェニ温泉だ。
窓口でチケットを購入し、カードを貰うとロッカーで水着に着替えて露天風呂に入る。
水着着用なので混浴である。
ヨーロッパで最大の温泉施設ということで、最高でした。
今までのなんとも悪いブダペストのイメージが一気に払拭された。
38度の低めのお湯は長湯が出来る。
ブダペスト名物の風呂でチェスに興じる人たちも居た。
もう少し温度の低い方に入ると、泡風呂やら流れる風呂があり、流れる風呂は夏樹のお気に入りとなった。
凄い水圧で、あらゆる人がキャーキャー言いながら流される。たしかに面白い。
夏樹はすっかり社交的になったようで、脱衣所の係の人と仲良くなり、またしてもチョコレートを貰っていた。
風呂上りにカフェでビールを飲む。極楽である。
帰りのM1の中で学生の女の子が漫画を書いていた。
やがて何やら漢字帳を取り出すではないか。
日本語で話しかけたら、向こうも日本語で答えてくれた。
2年ほど勉強しているというが、2年であんなに流暢に日本語を話せるのがすごい。
私は何年、英語をやっているのだろう...
やはり漫画好きには日本が聖地らしい。
すっかりブダペストの印象が良くなった。
旅の終わり方としては最高だ。
今回の旅行はいつになく楽しいものだった。
さて、今日はこれから朝食を食べ、空港に移動です。
楽しい時間もやがて終わりを迎える。
まあ、最後はまたアエロフロートってところに微妙に不安は残るけどねぇ。