英語は英語脳で

現在小1の夏樹は毎週英会話を学んでいます。
なんて、すごい英才教育みたいだけど、全然そんなことは無い。
ただ外国の人に遊んでもらっているだけね。

実は8月のある日、夕方突然宣教師が我が家を訪ねてきました
いわゆる布教活動ですね。
それ以来、ほぼ週イチで息子に出張英会話講習をしてもらっています。
もちろん無料で。


英会話っていっても学校の授業のような感じではなく、1時間くらい一緒に遊んでもらうって感じでしょうか?

テキスト代わりに英単語と絵が描かれているカードゲームを買って使ってもらっています。

普通に挨拶から始まって、学校はどうだった?という日常会話を英語でやる。
判らなくてもお構いなしで、そのうち判るでしょというやり方。
赤ちゃんが大人の話を聴きながら、やがてそれを真似するようにしゃべれるというやり方です。
学校の授業では時間の関係でとてもこのようなカリキュラムは採用出来ないでしょうが、自宅ならではのスタイルです。

宣教師さんはいつも二人でいらっしゃいます。
アメリカ人2人だったり、アメリカ人と日本人だったり。

たまに他の地区との宣教師の交換もやっているようで、先日は初めて日本人二人がやってきて英会話教室を行いました。

ところがダメなんだなぁ。
夏樹が先生を日本人だと認識した瞬間、彼の頭は日本語脳になる。
するとただの子供に戻っちゃって、普通に遊ぶだけで全然英語を覚えようという気が起きない。

いつもはアメリカ人の先生も日本語が片言なので、無意識のうちにお互い頑張って理解しようと務めます。
夏樹もそのときはどうやったら一緒に遊べるかと、きっと英語脳で思考している。
脇で仕事しながら聞いていると、ちゃんと英単語出てますから。

3年前にモスクワでプラハ行きの飛行機に間に合わなかったとき、プラハに国際電話して頼んでおいたトランスポーターを翌日に回すように交渉したり、ホテルをキャンセルされないように明日行くからと連絡を私のつたない片言の英語を駆使して行いましたが、あの時を再現しろと言われてももう出来ない。
あの瞬間、私は完全に英語脳になっていたんです。
思考は英語で行っていた。
ところが日本に帰ってきて日本語環境になると全然同じことが出来ません。

多分、日本人2人の先生では同じようなことが起きてしまうのです。

英語を学ぶ最短の方法は英語脳を育てることなのでしょう。

完璧に日本語だけで生活できるこの国で、日本語で通用する学校でいくら勉強しても現実的に使う場面がなければ憶えられるわけがありません。

手っ取り早くは語学留学することですが、なかなかそれも難しい。

駅前留学も日本人の数が多いと、どうしてもテレが出たりして頭の中は日本語脳から英語脳への切り替えが出来ません。

いかに英語脳にするかといえば、やはり環境を英語を使わざるをえないところまで追い込んでやることです。

ウチみたいに宣教師さんが教えに来てくれるなんてのはとてもありがたく豪華な事ですが、仕事をしていて時間の調整が難しいとか、英会話の教室が近くにないという人はネットを駆使してマンツーマンの環境を作りましょう。

ネット環境が良いのは、何かを調べたいとき、すぐに出来ることです。
facebookを始めたばかりの頃、無防備にお友達の要求をOKしたらフィリピンの若い女の子とチャットする羽目になってしまいましたが、このときもかなりパニックで、特にチャットの場合は英語圏特有の略字が多いので、付いていけない。あの時もかなり英語脳になって30分ほど会話を楽しみました(その後怖くてfacebookに近づけませんでしたが...)。

現在50歳の私の世代は何とかこのまま、日本語脳だけで乗り切れそうですが、夏樹の世代はそうは行かないのでしょう。
私だってもっと英語しゃべれたら、世界中の人と語り合いたいと思っているぐらいですから、夏樹の時代は世界中とコミュニケーション取れないのは仕事をするうえでもかなりの弊害が出ると思われます。

しかしながら多分、日本流の教育ではこの先、日本人はいつまでも英語を(読むことは出来ても)話せない。
まずは赤ちゃんが英語を言葉として認識するような日常の環境づくりが肝要かと思います。
そして当たり前のように英語を使う場面を作ってやること。
これは親である私たちがいかに外国人と友達であるかに因ると思います。

宣教師の二人の最終的な目的はもちろん布教です。
私も彼らと英語で神についてディベートできるように頑張ろう。

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