晴耕雨読

昨日、今朝と天気が良い。
しかし、予報では残念ながら昼から曇り始め、明日からまたしばらくは下り坂だ。
今年の花見は残念だ。
せめて自宅に桜があればいつでも眺めることが出来たのに。
クライアントの家には大抵桜の木を植えて、自宅で花見が楽しめるように設計するが、こんなのも自己反省からくる。
 
天気と言えば今年のGWはどうだろう?
前半は家族でキャンプ、後半は妻の実家の田植えを手伝うことにしているのだがどちらも天気で快適さがだいぶ違う。
田んぼ仕事も嫌いではないが、雨の日にやるのはやっぱり嫌だ。
妻の家も兼業農家で普段は勤めに出ているので結局のところ、週末と祝日にしか農作業を出来ない。
専業で成り立つか、自給自足程度の規模にすれば休みを返上する必要も無いのだが、中途半端に面積があるものだから、設備費もかかるし、田んぼの整備のお金もかかって何のために稼いでいるのかわからない状況だ。
たぶん日本の兼業農家の標準的な姿だろう。
自然を相手にしている仕事なのだから、自然のままにやったら良い。
今日みたいに朝から天気が良いと、田んぼを耕す気になるではないか。
雨の降っている日は外に出るのを諦めて、家で出来る仕事か本でも読んで過ごす。
まさに「晴耕雨読」の生活が理想だ。
しかし、自分を振り返ってみてもどうだろう?
予定という自分で勝手に作った縄にがんじがらめに縛られ、嵐の日に花見をし、天気が良いのに外にも出れず、図面を書く。
人間と言うのはなんと自然と共生できない動物なのだろう。
環境共生住宅などと普段嘯いている私の生活はなんら環境と共生していないではないか。
共生などと言う嘘は言わないで「ローインパクト住宅」くらいにして置いたほうが良い。
なるべく共生したいけど、せめて環境に悪影響を与えないようにつつましく生活する。
「晴耕雨読」を座右の銘にします。
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