世界同時株安

いよいよ世界的な景気後退が私たちの生活にも直接影響が出始めたようだ。
グローバル化した世界では対岸の火事は他人事ではない。
経済の後退は私のような建築を生業をしているものにもダイレクトに繁栄する。
まあ、うちみたいに景気の良いときも出来る仕事量が決まっているようなところはもともとニッチ産業なので統計にも表れないかもしれないが、年間棟数を上げているところは大変だろう。
やはり小規模経営はしぶとい。
さて、世界中の国で銀行等への公的資金の投入が始まっている。
今回の問題は資本主義経済を誤った代償である。
つまり物とお金ではなく、お金そのものを商品化させ暴走させたことだ。
お金が商品化するということは、実体の伴わないものに価値をつけるということで、寓話「はだかの王様」のようだ。
今まで価値あるものと勝手に決めて値を上げ、あるとき実は価値が無いと誰かが勇気を持って叫んだら、皆がそれに連動する。
価値があると決め付けていた連中はいわゆる富裕層である。
ハイリスクハイリターンを了解して投資していたはずだ。
なぜそこに公的資金を入れないといけないのか?
ローリスクハイリターンでは現状の経済システムが適正に戻ることは無いだろう。
公的資金のための財源、税金を納めているのは富裕層よりも圧倒的に多い、それ以外の庶民だ。
国は富裕層のために今、カンフル剤を打たないと結局はその影響は貧乏人にも及ぶのだと説明しているようだが、庶民なんて何時だって貧乏だ。
ここで公的資金を投入し、年金の支給年齢が上げられたのではたまったものではない。
まずは富裕層のハイリスクを自己責任で解決してもらうほうが良いのではないか?
悲劇はたくさんあると思うが、日本においても小泉前首相のもと、庶民は散々痛み、悲劇も味わってきた。
いまさらどうという事もなかろう。
その間、この世の春を享受してきた新興富裕層をなぜ公的資金で救済するのか、その説明責任をきちんと果す必要があるだろう。
ちょっとした痛みならほっておくが、大きくなると公的資金で救済するというのは、チャップリンの殺人狂時代で彼が言ったせりふを思い出させる。
「たった一人を殺しただけで処罰を受けるのに、なぜ戦争で何百万人も殺しあっているのに賞賛されるのか」
経済的な崩壊は必要悪である。
それよりもその後のセーフティネットを整備することに公的資金は投入して欲しい。
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