木造建築病理学 三澤文子(Ms建築設計事務所)

久しぶりにBB(ベストバランス)研究会の主催するセミナーに参加してきました。
BB研究会は私はすでに卒業してしまいましたが、建築評論家(建築家といっても良いかも)の南雄三氏が顧問を務める研究会で、私も設立(平成元年)したときからのメンバーです。
思えばもう22年も前の事です。
当時は高気密・高断熱という言葉も無く、どうやったら快適な住まいを実現できるかをこの研究会で一生懸命に模索し、実践してきました。
今の私の多くはこの研究会によってあるといっても過言ではないでしょう。
毎回刺激を与え続けてくれるBB研究会もさすがに世代交代。
私のような初期メンバーではなく、セミナーに参加するのはBB研究会の枠を超えた学生や若い設計者に移りつつあります。
日程がなかなか合わず、また会場が東京ということもあり、最近は参加できなかった定例セミナーですが毎回ありがたい事に案内は送ってもらっていました。
今回はちょうど翌日に東京で会議出席ということになり、では前泊ということで久しぶりに参加しようかということにしたのです。
もちろん、今回のテーマ「木造建築病理学」というのにもかなりの興味があったことは言うまでもありません。
 
 
今回講師をしてくださったのは大阪千里で設計事務所をされているMs建築設計事務所の三澤文子氏。
氏には以前、氏が岐阜県立森林文化アカデミーの教授をされていた際にも訪問した事がありました。
そのアカデミーでの木造住宅改修講座の名称が「木造建築病理学」というわけです。
現在の社会的テーマは「持続可能な仕組みづくり」です。
それは建築の世界でももっとも大きな課題であり、来年行われるUIA東京大会のテーマでもあります。
一方、建築の中の住宅はどうなっているかというと、新築住宅においての省エネといった環境問題はよく取り上げられますが、住宅の長命化がなかなか達成できません。
木材が製材として使えるようになるために掛かるのは80年という年月です。
最低でも80年以上は建物として存続できないといけないはず。
国土交通省においても長期優良住宅という制度を設けて推進しているところです。
新築住宅においては現在このような方向性で設計はなされているはずですが、問題になるのはストックとしての住宅。
日本の新築着工棟数がもっともピークだったのは1973年の190万戸ですが、その当時建てられた住宅が現在も住宅ストックのもっとも大きいボリュームゾーンです。
高齢化の進んだ日本ですが、この時に家を作ったのがいわゆる団塊の世代であり、いよいよ高齢者の仲間入りをし始めた人たちということになります。
 
築30年以上の家には現在のような厳しい耐震性能が求められていません。
阪神淡路の大震災で倒壊したのもこの時代の建物でした。
再びあの規模の地震が来ると、同程度の被害をもたらすであろうと推測されています。
また、当時は福祉住環境的な考え方もありませんでしたから、バリアフリーには程遠いものです。
これらの住宅ストックを一体どうしたものか?
正直、それらの住宅は全て解体し、新たな優良な住宅を作ったほうが良いのではないかと考えない事もありませんでした。
百年以上もった名家ならいざ知らず、細い柱でただ量産されただけの家にどんな価値があるのだろうかと思うのです。
 
今回の表題は「木造建築病理学」ですが、もともとは英国の発祥です。
英国には建築に対し、さまざまなプロが関わりますが、日本には無いのがサーベイヤー(調査員)だそうです。
英国においても古い住宅が現在も現役で居る為には当然メンテナンスが重要となります。
そのためには適切な現状判断と指針がしめされないといけません。
これを公的に行っているのがRICS(公認建物鑑定士協会)が派遣する調査員。
彼らの評価が不動産の価値を決めていきますので、古くてもきちんとメンテナンスすることで価値が形成されていくのです。
その評価基準となるのが木造建築病理学。
 
木造建築病理学では徹底した現地調査が行われ、詳細な報告書が提出されます。
その報告書に基づき、家の改修方法の方針を出していく。
すると大抵の建物では大幅な補強を必要とするのは必然。
でも、だからといってすぐにスクラップ&ビルドで良いのか?
本当にそれで持続可能な社会が成立するのだろうか?
これがジレンマです。
あんな建築を作ってしまったのも必要悪であるならばスクラップビルドも必要悪ではないか?
ついそう考えてしまいますが、木造建築病理学の凄いのは悪いところが白日の下にさらされるところではないでしょうか?
リフォームというのはやってみなければわからない。
それは建築するほうもそうですから、お客にとっては恐怖でしかありません。
判らないから金額も明確に答えられない。
新築ならきちんと答えられる。
この感覚がスクラップビルドの根底にあるのです。
 
もしきちんと現状を評価できたならもっとリフォームにも可能性があるのかもしれません。
リノベーションで価値ある建築にするのは建築家の力量でしょう。
ただ補修して壁が新しくなるのではない。
新しい生命を建築に与える。
この繰り返しが出来たら持続可能な建築となるのです。
 
「これが人だったらどうします?もう直しようが無いから死んじゃいますか?なんて言えないでしょう。
本人に生きる気が無いのならどうしようもないけど、少しでも生きる気持ちがあるのなら、直してやる事に誠心誠意尽くすのが当たり前じゃない?」
 
明瞭ですね。
やっと私もスクラップ&ビルドの呪縛から解放されました。
カテゴリー: 建築 パーマリンク

コメントを残す