悪い意味で期待を裏切らないアエロフロートだ。
成田空港でのチェックインの段階で1時間遅れの表示。嫌な予感はしたが、カウンターで係員に十分多分トランジット手続きは可能でしょうと言われ出国。
ところがゲートに着くと1時には搭乗できそうにないという話になっていた。結局、離陸したのは定刻を2時間半遅れていた。
すこしは飛んでいるときに短縮するのかと期待したが、モスクワには現地時間の19時35分に着陸する。
プラハ行きは定刻が20時でもう30分を切っているのに、なかなかボーディングブリッジに着かない。
ゲートが開いて、トランジットカウンターに走ったが、事前にネットで調べたとおり、カウンターは一つしか開いておらず、無愛想な女性が居るだけだった。
「プラーハ!」と叫んでカウンターに駆け寄るが、冷たく「ノー」と言われる。
まだ私たちの乗る飛行機はシェレメチェボ空港に居るのに、なぜ乗せないんだ!同じ会社なのに、遅れた便を待たないなんて、なんて会社だ!
まあ、成田ではプラハ行きのチェックインはさせてくれないので、ボーディングパスは無い訳で待つ義理なども無い訳だ。
これから一体どうなるのかという不安が過ぎる。
同じく乗り遅れ組が何組か居るが、皆旅行社経由なので、こんなときは旅行社に日本語で電話して対応してもらえる。
こちらは個人手配のため、全て自分でやらなければならなかった。
トランジットカウンターはしばらくして日本人の係員が対応してくれたので助かった。
今日はトランジットホテルに宿泊し、明日の朝一の便でプラハに届けると説明してくれた。
明日の便が決まった段階で、頼んでおいたプラハでのトランスポート会社とホテルに電話する。
もちろんたどたどしい英語(多分ほとんど通じていないのではなかったろうか)いつもは対面して訴えるのだが、電話では顔が見えないので、意思の疎通が難しい。
それにしても危機的状況になると、人間なんでも出来るものだと思った。旅は人間を成長させてくれる。
さてトランジットホテルだが日本人係員が書いてくれた仮入国証にはノボホテルと書いてあったのに、なぜかどこかでM&Mと書き換えられていた。
トランジットホテルは2つあるが、その差はかなり大きいとのこと。
私たちプラハ組(他に3人)とドバイへ行くという李さんがM&Mへ連れて行かれた。
ホテルとは名ばかりのM&Mでの扱いはまさに拿捕された感じである。監視カメラと24時間警護で部屋から一歩も出れず、出てくる食事は最低だった。
まさに北朝鮮の招待所ではないか!
翌日、何時になっても迎えに来ない。9時フライトなのに1時間前にようやく迎えに来た。
昨晩のうちに搭乗手続きを日本人の係員がしてくれたから、パスはすでに手元にあったから良かったが、これから手続きだとまた乗れないじゃないか!
「明日は私は居ないので」といろいろ世話をしてくれた係員のおかげだ。
空港についてわずか30分で搭乗という慌しさである。
さて、昨日一緒に拿捕されたローマ行きの女の子が居たのでノボホテルはどうだったかと聞いたら、食事もまあまあだし良かったですよだって!なんてこった。
それにしても思いがけずにモスクワの地に立つことが出来た。
夏樹にとっても私たちにとっても貴重な体験であった。
我が家の旅行は毎回、妻の誕生日に合わせて行っているが、今回、彼女はモスクワで誕生日を迎えた。
これからどうなってしまうのか途方に暮れた変な一体感を持つ乗り遅れ組の皆から誕生日おめでとうと祝福を受ける。
思い出深い誕生日となっただろう。
さて、定刻通りプラハのルズィニュ空港に3時間のフライトの後に到着する。
ここで荷物が出てこなかったら、アエロフロートのトラブルのフルコースとなったが、最初のほうで無事出てきてくれた。
一緒にM&Mに拉致された守谷さん親子ともここで別れた。
息子さんとお母さんの二人旅だが、息子さんは4歳から10年間くらい親子で海外を旅したそうで、なんだか夏樹の将来を見るようだった。
同じ空気を感じたのか、夏樹も異常になついていた。
空港ではトランスポートがプラカードを持っているはずだが、居ない!やはり私の電話では通じなかったかと思っていたら遅れてやってきた。
トランスポートのオプションサービスでバラの花とバースディカードをオーダーしておいた。
これが私の妻へのサプライズである。
ハッピーバースディ!と迎えられ、ホテルに向かう。ようやくプラハに入れた。
半日遅れでようやく旅行がスタートするはずだった...